撮影ポイントについて・・・。

January 11, 2015

 

ダラダラと鬱陶しいことを書いてるから、気分を害しそうだと感じたらスルーでおながいしますwww。

 

 

以下本文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

今年に入ってから・・・いや、ボクが写真を本気で撮るようになってからと言ってもいいかな。極力どこで何を撮ったか誰にでも判るようにしている。ポイントに関して、特に秘密にしておきたい事もなく、ましてや後ろめたさなんてものは全くない。
撮影ポイントは、或いは明かしたくない人も居るので、自分の考えが是とは思わないけれど、私自身は一体何の為に隠すのかと思うので、そういったことはしないようにしている。

逆に、自分がポイントを晒すことで、他への波及効果を狙っていると云う事もある。

自分が撮っている写真が「大した物」ではないのは重々理解している。だが、見る人によっては、私の拙い作品でも「素敵だ」「綺麗だ」と感じてくれる人も居るのは事実だ。
「素敵だ」「綺麗だ」と思うのであれば、普通の人間の心理として、「ここはどこなのだろう」「ここへ実際に行ってみたい」「自分の目で生で見てみたい」と思うのは至極当たり前のことだと常々思っている。
自分の間尺で物事を決めつけて見るのは非常に危ういことだと理解している。理解はしているが、綺麗な写真や絵を見て、ここへ実際に行って自分の双眼で見てみたいと思うのは本当にごく自然の成り行きだ。何らおかしいことではない。私は自分の写真から、そう感じてくれるであろうギャラリーに対して・・・ちょっと驕った言い方をすれば、後人に対しても、自分が気に入って写真にした情景を是非に生で見て欲しいと思う。なのでどこで撮ったか明かすようにしている。

先にも書いたけれど、隠すのが悪いことだとは思わない。撮る側にも色々と思惑はあるだろうし、知られたくない側面があったりするのも事実なので。

ここで改めて、では「自分がポイントを晒すことで、他への波及効果を狙っていると言う事もある」、と云うのはどういう事なのか結論も含めて展開してみる。

私の写真を見て、「素敵だ」「綺麗だ」と感じてくれた人が、私のこのFacebookのタイムラインの記事を見て、撮影ポイントを特定し、実際に現地に行ってくれたとしよう(なんと殊勝な人なのだろうか)。さらにその人がそのポイントで同じ被写体を狙って写真を撮ったとしよう。

どんな事になるだろうか。

恐らくは、自分が撮った写真と似たようなアングルの写真が出来上がるだろう。でも似たものとは云え、それを撮った人の個性が少なからず出るはずだ。それは私が撮ったものではないのだから。
この、人の感受性や嗜好性によって変わる個性を私は見てみたいと思っている。撮り手が違うのであれば、どれだけ同じ画角で、どれだけ同じ被写体を撮ろうとも、必ず個人差が出るのは当然のこと。私はその差が知りたい。とても知りたい。

ネガティブな思考というのは百害あって一理なしである。自分の懐を曝け出す勇気があってこその成長なのであって、手の内を全て出してしまえとは言わないまでも、「彼を知り己を知れば百戦殆からず」なのだから、自分と同じ被写体に対峙した他の撮影者が、どんなアプローチをするのか知ることはとても重要であり大切なことだと思う。それを知らずしての自身の成長はあり得ない。

そんな訳で、私はポイントに関して、隠蔽することは今後も一切ない(諄いようだが、隠す事が悪いことだとは思わない。作者にも色々と都合はあるだろうから・・・)。なので、私の写真を気に入ってくれて、その上、カメラの心得があって、写真を撮ったりすることが楽しく感じる人であれば、私がいつも通う場所に行って実際に自分の目でその情景を見て、写真を撮ってもらいたいと願う。そしてその結果を是非私が見に行けるところに公開して欲しい。知らせてくれれば必ず見に行く。こうする事でお互いが何を考え何を思って撮ったのか少しでも理解出来るというもの。また、お互いがお互いに対して、そういう手もあったのかと啓発し合えることも大きいし、負う点があれば補い合う事も可能だ。これは想像以上に大きな効果を齎す。決して看過できないことだと知っておきたい。

またダラダラとつまらない話を書いてしまって、何の役にも立たない腐れ話なんて自分の脳内に留めておけよとお叱りのお言葉を頂戴しそうだけれども、こういった事を具体的に書ける人って少ないとも思うので、手前勝手に驕り高ぶって、無意味な正義感から書いてみた。大きな心で、いつもの事だと軽く流して頂ければ本望だ。基本的にはこれでも独り言なのでwww。

あ、あと、私が行く撮影ポイントに誰かが行ったとして、そこで私という人間を感じて、何かを理解してくれれば、これはもう私の術中に完全にハマったことになるので、負けたと思って頂いて結構だ。

駆け出しの素人カメラマンのくせに、人生の苦労だけは誰にも負けないくらいしてきているので、変なところで弁が立つのは如何なものかとも思うが、自分の考えを少しでも知ってもらえたら嬉しいので、筆が滑るに任せて書き殴ってみた。だから、支離滅裂で読みにくかっただろうこと想像に難くないが、伏してお詫びさせていただく。

と、謝っているのかバカにしているのか、何処まで偉そうなのだろうかと云えなくもないのが何とも痛々しい。極力論理的に展開したつもりでも大部分は理解されないだろうなと思うと「これまた遺憾」である。

終わり。

 

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